無を創造したい。
そんな欲求が近頃高まる。

子供が真理を呟やいていた。

神様がいる安心感。ここまでこれれば、終着点がある、と言う、精神の拠り所がないと、無限に辿り着くあてなく、ただ漂いながら方向も見出せずに、ただ生きる。その絶望感といったら言葉にできない恐怖がある。だから、創造の限界に神様がいる、と思うだけで、何とも言えない安らぎがある。

私には愛情がないようだ。自分にも家族にも。だから、いない方がいいと、言われた。ありのままに生きることや、誰かに伝えることは、罪悪に近い。最近、大人じゃないと思う。子供は不幸かもしれない。なら、自分が無になれば、解決するかもしれない。

自死を選ぶ人、
蒸発を選ぶ人、
迷惑をかけたくないなら、
自分を殺す。
自分を封じ、
心を閉ざし、
機械的に、
無機質に、
淡々と、
日々を繰り返し繰り返し、
大量生産のように、ただただ、押し出す引き出すを無限に繰り返す。
そして、身体が動かなくなったら、
用済みだ。

最後、唯一、望みを言うなら、
死ぬときには、一銭も一糸、一紙、一物物持たずに終わりたい。
何もなく、ゼロになって終わりたい。

それが、今思う一番の望み。

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